「たかが恋」と言う人が居ますが「されど恋」でもあると私は思います。
その当時、私は彼とお別れしたばかりでした。
彼と私は、一目ぼれに近い状態でお互いに惹かれあいました。
「この人!」
と思ったのです。
そういう経験も余りありませんでしたので、自分のそんな気持ちに戸惑いも覚えたのですが
彼は積極的に私を誘ってくれていて
お互いに好意を持ち合っているのだから、このまま進んでも問題は無いと感じたのです。
2人の交際が決まったのも随分と早い段階での出来事でした。
「彼氏が出来るときはアッサリできるものなんだなあ」
というのが、正直なところでした。
彼とは仲良く出来ていましたし、恋愛関係も私にとって生活の大きな潤いでもあったのですが
彼との恋愛関係は1年と少しで幕を下ろすことになってしまったのです。
「早く走りすぎたのだろうか?」
「もっとじっくりとお友達期間を設ければ、こんなことに成らなかったのではないか」
と自身を責めましたが、そんなことを言っても仕方ありません。
その時の私はそれが良かれと思って走ったのですから。
とはいえ、心はどん底でした。
大好きな人といきなりの別れを迎えて、心が上手く対応できるはずもありませんよね。
実際に立ち直れたのは1年以上経過してのこと。
ようやく「どん底があるから幸せも感じることが出来るんだ」と思えるようになったのです。
彼とはたまにデートをしたり、電話もしていました。
最初こそあまり良い印象ではなかった彼では在りますが(笑)
そうして一緒の時間を過ごしていくうちに、ほのかな恋愛感情というものを抱くようになったのです。
「彼といつかお付き合いが出来たら嬉しいなあ〜・・・」
「2人で居る時間がもっと増えたらいいのになあ〜・・・」
と思うようになっていた私。
そして実際、幸運なことにその願いは叶ってくれました。
ただ、恋人同士にはなっていませんでしたが。
ある程度2人きりの時間を過ごしていくうちに「自称、飽き性」の彼の気質が頭をもたげてきました。
私と居ることに飽きてしまった。
そういう事なのでしょう。
2人で会うことも無くなればメールさえもなくなってしまいました。
それならと私から楽しい話題などを文章にしたためもしましたが、
結局は返信もありませんでした。
寂しく思いましたし
「暫くすればまた以前のように仲良くできるのではないか」という気持ちもありましたし
好きな気持ちだって残ってはいました。
しかし、現状を考えて私は「ある程度は離れていこう」と思ったのです。
連絡も減らし、彼と共通のもの(SNS)などでも日常的な文章を載せる事はしなくなりました。
そうした結果、2人の関係は終わりになってしまいました。
好きな気持ちは暫く抱いたままでは在りましたが、縁が無かった・・・という事なのでしょう。
「ノンバーバル言語」
という言葉があります。
読んで字のごとく、会話を交わさなくても「感じあう」ことでコンタクトを取ると言うことを指すのですが
彼と私はそんな関係にあったように思います。
付き合い始めて長いということもありましたが
会話が少なくても感じあうものは多く在りましたし、最初はそのことに対して不満はありませんでした。
感じあうことが出来るのは幸せなことでもありましたが
徐々に
「その限りではない」
と思うようになっていったのです。
分かっていることだとしても「口に出して欲しい」と思うことが増えていったんです。
そのことを彼に伝えると
「言わなくても分かってるだろう」
としか言ってくれませんでした。
それが私の寂しさを呼んだのです。
「言葉にしてくれなくても分かってはいるんだよ。でも口に出して欲しい気持ちも分かって欲しい」
と何回か言いました。
最初は否定的だった彼も、徐々に口に出してくれるようになり
私達の中に「バーバル」の部分と「ノンバーバル」の部分が生まれるようになり
より一層、良い関係性が作れるようになりました。
口に出さなくても分かることであっても、ちゃんと伝えることも恋愛中には必要なときもあるようです。
皆さんは「口に出して伝える」ことをしていますか?
慣れた結果の癖の怖さ
1月 31st, 2013 / / categories: 体験談 /人間は、慣れるという習性が有ります。ここは明らかにAの道に進むべきという状況で、ついBの道に進んでしまう事も有るものなのです。
先日、それを実証するような出来事がありました。その日は特別な日で、ある場所に電車で行く事になりました。ただし、その電車は毎日の通勤電車で使用するものと同一です。そして、その日は前から3両目の電車に乗りました。
そして、ある駅で乗り換える時に過ちに気が付きました。3両目ではなく、8両目に乗るべきだったのです。そうすれば、乗換えがもっとスムーズにできます。案の定、その日は乗り換えに時間がかかってしまいました。
では、なぜ3両目に乗ってしまったのでしょう。それが、冒頭で申し上げた理由です。普段の通勤電車で、なるべく前の車両を使うことが多いのです。前から1両目の車両に乗るのが一番良いのですが、日によっては乗れない事も有ります。そのため、なるべく前に前に乗ろうという癖が付いていました。
毎日の通勤でそのような癖が付いていますので、たとえ目的地が別でも癖が出てしまったのです。まあ、その日は3両目に乗っても大して時間の浪費にならなかったので被害は少なかったので良かったです。
しかし、もしも急ぎの用事でしたら危うく遅刻をしてしまっていたかもしれませんね。
「忘れてるとか・・・適当に言ってないよな?」
と、彼が半分冗談でそんなことを言いました。
私も笑いながら首を横にふります。
何でも、彼と私が付き合う前に、
私は彼の性格について褒めていたことがあった・・・というのです。
その詳細を話してくれたのですが
私は一向に思い出すことが出来ませんでした(苦笑)
その話を友達にすると
「ちゃんと覚えておいてあげなくちゃ」
なんて言われてしまったのですが(汗)
言った本人は忘れるくらいが、もしかしたら丁度良いのではないかなあ〜・・・と思うのです。
・・・言い訳ではなく(笑)
事細かに覚えていたならきっと人は
「前に○○って褒めたじゃない」
「自分ばかり褒めて貴方は褒めてくれないの?」
といった気持ちを抱いてしまうと思うのです。
それは自然なことだとも思います。
彼は覚えていたけれど、私は忘れていた。
それで良いのだと感じていました。
逆に、彼が褒めてくれたことを私が覚えていて彼は忘れていることもしょっちゅうでしたし。
「善意の押し付けを止めるには善意を忘れること」
とも言いますが、褒めるという行為についても同じ事が言えるのではないでしょうか!?
きっと私も彼も、これからもこうして変わりない関係を続けていくのでしょう。
男女の安らぎの感じ方
11月 29th, 2012 / / categories: 体験談 /男性というものは、
自分が恋愛感情を高く持っている相手と一緒にいる時間があれば、
それは充分に安らげる時間であると言えるのです。
これに対して女性はといえば、
コミュニケーションを取ってもらって初めて、
安らぎというものを感じるものなんです。
つまりは一段階、
女性の方が手間がかかるということになるでしょうね。
会話というものでコミュニケーションを取ったり、
スキンシップというものでイチャイチャとしてコミュニケーションを取ったりなんてことをされないと、
安らぎというものを感じることができないわけです。
よくインドアな恋愛相手が、
ずっと休日のデートに自宅にこもり、
ゲームなんてものを見ていたり、
アメドラなんてものを見るような休日を過ごす。
男性は恋愛相手と一緒いる時間を共有しているので、
隣りに座っているとか、
同じ部屋の中にいるという時点で充分に安らぎを感じているのです。
しかし女性はというと、
とても退屈であり、
これで二人でいても、
全く意味がないという風に感じてしまうわけですね。
これが男性と女性の安らぎの感じ方の違いなんです。
これをちゃんと理解できないと、
恋愛関係を継続していくことは、
とても難しくなってくるのですよ。
自分の髪の毛をよく触っているというアクションを起こしている人間っていませんか?
もしもそういった人間を恋愛対象にしてしまったのであれば、
ちょっとした注意が必要になってきますよ。
こういう人間の本質は、
甘えん坊であることが多いのです。
その上潔癖であり、
完璧主義者という特徴を持っているんですね。
あなたの前で見せている姿がどうであれ、
本質的な部分ではこういう特徴を持っているということが挙げられるのですよ。
髪に触れること、
また腕組みをするなんてこと。
また頬や顎なんて部分を触るというアクションは、
自己親密行動と呼ばれていて、
不安や緊張というものを持っている時に、
人間が起こしやすいアクションとして知られているのです。
普段からこれらの自己親密行動というものを、
目立って行なっているような人間は、
常に緊張か不安というものにかられている人間であるということが、
想像することができるわけですね。
これを逆に考えてみると、
甘えん坊であり、
他人に対して頼りたいという気持ちの持ち主であるということが言えるのですよ。
自己親密行動の根本は、
幼児期にされていた両親からのスキンシップによるところが大きいわけですから、
それを欲するということは、
やはり甘えん坊ということになるのです。
「君はよく動くね」
と、私に向かってある男性がいいました。
私は不思議に思い彼を見ました。
私はそんなに活発でもありませんし、アクティブとも縁遠い気がするのですが・・・。
「動きのある」とはどういうことなのだろうかと彼に聞いてみたんです。
すると
「本を読んでいても、誰かと話をしていても君の表情はよく‘動く‘んだ」
そういうのです。
私自身そういった自覚はなかったのですが
確かに、顔に出やすくてわかりやすい正確であることは確かです(笑)
「そんな君を見ているのが面白くて」
「そんな君と一緒にいたい」
と彼が言ってくれたとき、その意味はどこにあるのかと戸惑いました。
「友達」としてなのか
それとも・・・。
私は曖昧に笑ってごまかしていました。
その後も彼といることは多くあったと思います。
そして彼との係わり合いの仲で、彼に「見ていてもらいたい」という気持ちが込みあがったのです。
それが彼と私の恋愛の始まりでした。
感情的なことは良くありませんが、
表情がよく変わるということは、「リアクション」につながっていきますよね?
するとお互いにそれを見たら楽しくなると思うのです。
造形的な美人よりも、作られた笑顔よりも、自分の心から湧き出る気持ちを大切にすると良いのかもしれませんね。
ツンデレ行動というものは、
意識をしなくてもしてしまうものなんです。
好きだというような恋愛感情が高ぶれば、
その気持ちに反して、
恋愛対象を避けてしまうというような、
いわゆる「好き避けアクション」というものを起こしてしまうことになるのですよ。
好きな人の前だと、
異様に無愛想なアクションを起こしてしまったり、
敢えて冷たい態度をとってしまうことがあるのです。
自分でもこのアクションを制御することは難しく、
なぜこういったアクションを取ってしまうのか、
そのアクションを起こしている人間自身でも分からないのです。
ですからもしもあなたが、
嫌われるようなアクションを起こしたわけでもなく、
そういった言動をしたわけでもないのにも関わらず、
恋愛対象が自分に対して、
冷たいなと思えるようなアクションを起こしてくる場合には、
高いレベルの恋愛感情を持っていると、
把握しても間違いではありません。
視線というものを合わせてくれなかったり、
会話というものを持ちかけても、
一言、二言で話が終わってしまうような場合には、
恋愛経験の薄い、
愛情表現が下手くそな異性が、
空回りしていると考えましょう。
自分が恋愛対象のことを好きなのであれば、
そういったプライドをちゃんと優先したままに、
下手に出て、
恋愛をコントロールすることを頭に入れておきましょう。
苦しいけれど、片思い中って何だか幸せを感じたりもしますよね。
1人で彼を思う時間や、彼が楽しそうにして居る姿をみる。
そして沢山話せた日などは
「もうこれ以上の幸せは無い」というくらいに嬉しいものでした。
私は彼に夢中だったのでしょう。
彼のことしか目に入りませんでした。
それもまた恋愛の醍醐味なのかもしれませんが、大きく見てみると
私は視野がとても狭くなっていたんです。
友達よりも彼と少しでも話せることを優先させてきましたし、
彼を目で追うあまりに、人の話をろくに聞いていないときもありました。
休日など皆で遊んでいてもついつい「彼なら」なんて考えて物事を言ってしまったり。
「少しおぼれ過ぎ!」
そう一喝してくれたのは親友でした。
私はすっかり夢見心地でまるで少女漫画の主人公にでもなった気分でいたんです。
彼女から話を聞いて自分の視野が狭くなり、周りに対しての信用を失いつつあることを知りました。
恋をしても視野を狭くしないこと。
それを心がけるようになった私ですが、やはり好きな人が出来てしまうとなかなか視野を広く保つのは難しいですね(汗)
どうやら、まだまだ努力が必要なようです。
片思いをしている皆さん。
皆さんの視野は大丈夫ですか?